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さて、函館日記第一弾。
どこから書き始めようかと思ったんだが、やはり函館との最初の出会いから書くことにした。性格的に途中から思い浮かんだことを書き綴り、時々遡っては過去のことを書くというのがどうも苦手で。時系列的に書くのが向いている。
あれは、中学3年生のとき、それまで函館はおろか北海道とはもなんの縁もゆかりもなかった。高校受験を控えた同級生達がみな同じように地元の高校を志望校にしていたのに、人と同じ事をするのに納得のいかなかった私は、ふと、書店で見かけた全国版の高校案内を購入し、どれどれとパラパラ学校選びをはじめた。私立校ばかりだったが、北は北海道から、南は九州(沖縄はあったかな???)までの学校がずらりと並んでいた。以前にも、中学2年の時の面談でアメリカのハイスクールに行きたいと言い放ったこともあるのだが、さすがにこれは直ちに却下された。それではと、国内でもいいから遠くの学校に進みたい。当時、頭にあったのは、どうしても家から出たい、家族から離れたい。それが動機だった。反抗期の真っ最中。このまま両親と同居し続けるといつの日か、彼らを殺してしまうかもしれない。かなり危機的な状況にはあった。そのためには一人になるしかないのでは?
しかし、敵(両親)を説得させるにはそれなりのネームバリューのある学校で、生活するために寮が完備されていて、なおかつ自分の偏差値で確実に合格できる学校を選んでそこに入学しなければならない。全国くまなく探して、これならと見つけたのが、函館のカトリック系の男子校、函館○○○○。
同系列の学校は鹿児島にもあるが、ここは到底無理。でも、函館ならなんとかなる。そう思うと、その学校に行きたくて仕方がなくなった。「北国」という言葉の響きにも惹かれた。親には内密で学校案内を取り寄せ、願書を出した。校長がアンリ・ラクロアというフランス系カナダ人と言うのもなんだかお洒落だったし・・・
親としては周りの同級生同様、大阪か奈良、京都の学校に進むものと考えてたんだろうと思う。最初は「なにをバカなことをやっているんだ」と思っていたのだろう。そのうち、こちらが本気で考えていることがわかると、しばし狼狽したように思う。とりあえず「その学校なら受けるだけ受験してみたら?」と諦めたようだった。でも、彼らが思っていたことと言ったら「どうせ受かりっこないんだから・・・」と、なかば安心していたようだが・・・しかし、悲願は実る。
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