函館日記
高校の3年間を函館で過ごした思い出を 綴っていこうと思います。
また、卒業後、再度函館を訪れた時のことも。
また、函館をはじめ、北海道の情報交換の場としたいと思っています。
北海道の方もそうでない方もどしどし書き込んでください。
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キミ、受験番号を書きなさい
投稿者:
PEMA
投稿日:2009年 5月14日(木)13時57分27秒
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受験当日の朝、ホテルが用意してくれた「合格弁当」なるものを手にした私は、母と共に山手線〜中央線と乗り継いで、飯田橋までやってきた。戦場の「家の光会館」に着くと、すでにそこには300人近い戦士達が戦闘体制にはいっていた。それぞれが最後の足掻きのごとく参考書を広げている。科目は英・数・国・理・社の5教科。周囲の真剣な様子を横目に、私は昨日もらった英語の東京案内をこれ見よがしに広げて見て、「余裕のよっちゃん」を演じて見せた。心理作戦だ。敵の動揺を引き出そうとしたのだが、うまくいったのかどうかはわからない。隣のヤツはじろじろ見ていたようだが・・・
どの教科から試験が始まったのかは覚えていないが、サクサクと解答を書いていく。思ったよりは難しくはなかった。1科目目の試験が終わり、答案用紙が回収されていくと、試験官として来ていた、後に倫理社会の授業で「ソクラテスは・・・」と講義してくれることになるY先生が私を呼び止めた。
「キミ、受験番号を書きなさい」
差し出された私の答案用紙を眺めると、解答はちゃんと書いてあるのに、肝心の受験番号が抜けていた。慌てて書き込む。Y先生が指摘してくれなかったら失格になっていたことだろう。危ない危ない。
「次からは気をつけなさい」と言われた私。
2科目目に入り、ホイホイホイと答案用紙を埋めていく。難なくクリアした私は答案用紙が回収されるとロビーのようなところでくつろいでいた。と、そこにまたしてもY先生が寄ってきた。不安にかられた私はふと、「失格、受験終了」の文字が頭をよぎる。嫌な予感がしたのだが、優しそうな顔をしたY先生は私に話しかけた。
「キミ、また受験番号が抜けていたよ」
「今度はちゃんと書いたはずなのに」と思ったのだが、答案用紙を見ると、解答は確かに私の文字だが、受験番号の欄が空欄になっていた。頭を掻きながらまた記入する。しかし、Y先生は何故、大量の解答用紙の中から受験番号の書いていないものを選出し、その受験生を特定できたのだろうか?もしや、彼はエスパーなのか?
ようやく5科目の受験を終え、1階に下りていくと母が待っていた。話を聞くと、他の受験生の中には大手の受験塾に通っている受験生もおり、彼らはこの時期、日本国中の進学校を受験するツアーに参加していて、この後も各地の受験会場で戦うのだという。聞いたことのある学校の名前がポンポンと出てくる。「ご苦労なことだ」。しかし、私はここに受かればそれでOKだ。受かってしまえば親とのネゴシエーションをしなければならないが、まあ何とかなるだろう。念願の一人暮らし(寮だが・・・)が出来る。
一応聞いておこうと思って、
「試験時間中、なにやってたん?ずっと待ってたの?」
そう聞くと母はさりげなく
「お父さんと浅草と上野に行ってきてん。お土産もあるよ」
とぬかすではないか。どうやら息子の受験を餌に東京観光をしていたらしい。母はまだいいとして、父は仕事で出張中だ。「仕事はどうなったんや」と疑問が残る。
時刻は夕刻を指し示していた。遅くならないうちに家に帰らなければならない。自分もちょっとは東京観光がしたかったのだが、仕方がない
「東京の街ってなんかややこしいな〜〜〜」と喋っていたらすぐに東京駅に着いた。
出発間際の新幹線に乗り込むと、1泊2日の東京受験旅行は終わり。家路へと急ぐ。
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